学びTOPページ >地域資源マップ>文化遺産マップ リスト一覧> 田川地域の文化遺産(下田川)
| MAP | 名 称 | 概 要 |
|---|---|---|
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興国寺 | 白鳳年間(奈良時代)に開基した古刹。後に足利尊氏が豊前国安国寺(尊氏が全国66か所に建立した安国寺のひとつ)と定めた。仏殿(観音堂)は享保4(1719)の築造で県指定文化財(建造物)。曹洞宗 |
| 57 | 木造元晦禅師坐像 | 興国寺開山と伝えられる無隠元晦の像で像高80cm。南北朝時代の作と考えられている。 |
| 58 | 紙本墨書興国寺文書 | 足利尊氏寄進状をはじめ、興国寺に伝わる南北朝時代から近世にわたる古文書を二巻の巻子にまとめたもの。 |
| 59 | 上野焼 | 四百年の伝統と歴史の中で、茶の湯の「わび」「さび」の精神と、作り手の感性による「きれい」とが融合し、気品ある独特の趣が醸し出されている。 |
| 60 | 上野の里ふれあい交流館 | 「上野焼陶芸館」と農産物直売所「ふれあい市」の複合施設。美しい自然と深い文化が息づく上野の資源を連結させ、「ならでは」を大切にした「おいしさ」と「うるおい」を発信している。 |
| 61 | あがの温泉白糸の湯 | 福智山登山道の入り口に近い高所に建つ「白糸の湯」は、その見晴らしの良さと静けさが特徴である。露天風呂や家族風呂、「レストラン白糸」からは、抜群の眺望を楽しむことができる。 |
| 62 | 銅製経筒 | 鎌倉時代の作と考えられている。高さは13cm。市場の東光寺裏山より出土したと伝えられている。経典の保存状態も良好。 |
| 63 | 内行花文鏡 | 昭和30年に三本松遺跡、昭和62年に宝珠遺跡で各一面が出土している。青銅製の鏡で三本松遺跡のものは径9.7cm、宝珠遺跡のものは径15.6cmをはかりともに舶載鏡と考えられている。 |
| 64 | 方城岩屋磨崖梵字曼荼羅 | 梵字、金剛界四印会曼荼羅と銘文からなる。建武2(1335)年、僧良蜜によって完成したと伝えられる。天然の岩盤に彫り込まれた紀年銘を有する曼荼羅としては県内最古である。 |
| 65 | ほうじょう温泉ふじ湯の里 | 平成16年11月25日、開業した日帰り温泉施設。和風、北欧風の大浴場をはじめ露天風呂、家族風呂に足湯を完備。歩行浴、白湯、うたせ湯、石風呂、檜風呂、アロマサウナなど内容も充実している。 |
| 66 | 方城物産館ふくちの郷 | 地元の農作物を直売する新鮮さが売りで、店内には季節ごとの旬の野菜などが並ぶ。「ほうじょう温泉ふじ湯の里」の道をはさんだ向かい側にある。 |
| 67 | 伊方古墳 | 高さ約5m、直径32mの円墳で6世紀末頃の築造と推定されている。田川地方においてこの時期では最大規模の古墳。内部は前後2室からなる複室横穴式石室で、石室の全長は12mを超え、高さは後室で約3m。 |
| 68 | 稲荷神社祭囃子 | 稲荷神社の秋の神幸祭で山笠に付随して奉納される。奉納される6本の山笠にそれぞれ囃子方がつき囃子を演奏する。藩政時代より受け継がれてきたものである。 |
| 69 | 稲荷神社奉納獅子楽 | 稲荷神社の秋の神幸祭に奉納される。今から約250年前の宝暦年間くらいから続くものといわれ、現在、金田一区の氏子により継承されている。 |
| 70 | ふるさと交流館日王の湯 | ゆーわく館、であい館、なごみ館、はつらつ館、ゆったり館の5つの棟からなる。温泉・特産品・交流・休憩・福祉・健康・宿泊・会議・研修の場として様々な目的で利用できる複合的な施設である。 |
| 71 | 金村神社天井絵 | 70センチ真四角の杉板に虎・猫・鳥などの代表的な動物の絵や、花菖蒲や水仙等の草木画、中国や日本の故事をもとにしたものなど、あわせて15枚の絵が拝殿の天井に描かれている。 |
| 72 | 銅戈 | 昭和25年8月に糸田町字後夕811-5付近(古賀の峯遺跡)において畑の耕作中に発見されたもので、青銅器武器型祭祀埋納品と考えられている。 |
| 73 | 泌泉 | 古来より灌漑に大いに役立ったといわれている。この水は涸れることなく田畑を潤し、豊作が続いたため「いとよき田」と呼ばれたことが、町名の由来となったとされる。 |
| 74 | 岩屋古墳 | 6世紀後半に築造された円墳。墳丘の大きさは約24m、石室の長さ7.5m復室構造で、現在、糸田町最大級の古墳である。 |
| 75 | 国境石 | 糸田・飯塚両市町の境界線上にかかる3基が町指定文化財になっている。この境界線については、元禄13(1700)に国境線が確定し、国境石が設置されている。 |
| 76 | 千人塚 | 側面に享保17年(1732)稲が腐って飢饉が起こり、老若男女44人が餓死したという意味の碑文が刻まれている。 |
| 77 | 田植祭 | 五穀豊穣、無病息災を願うもので、その歴史は数百年とされている。演技は大衆的で滑稽であり、唄は古来の伝統的なものではなく、明治天皇の御製に節をつけたものとなっている。 |
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糸田祇園山笠 | 須佐神社の神輿に続き大小30台近くの山笠が町内を練り歩く。高さ約10m、重さ約2tの山笠を40人ほどのかき手がかく様は、勇壮かつ華麗である。豊前と筑前の特徴を合わせ持つ町最大の祭りである。 |
| 79 | 山頭火と緑平の句碑 | 種田山頭火、そして山頭火を物心両面で支えた木村緑平、炭鉱が緑平を、ボタ山が山頭火を糸田に招き寄せ、糸田を舞台に記念すべき文芸活動が展開された。伯林寺境内、糸田小学校前、木村緑平旧居跡下、鉱長坂等。 |
| 80 | 糸田町歴史資料館 | 町内の遺跡から出土した遺物や町内で収集された民具等を展示している。古賀ノ峯遺跡から出土した銅戈(町指定)やナウマン象の臼歯化石など珍しいものもある。 |