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田川地域の文化遺産(上田川)

map 名  称 概 要

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古宮八幡神社 宇佐神宮放生会に際し、奈良時代から近世まで御神鏡を鋳造し奉納。奈良の大仏鋳造に関係あるといわれている。神輿は杉の葉ででき、行事は県指定無形民俗文化財
25 神マブ マブとは坑道のことで、古宮八幡御神鏡鋳造に深く関係ある遺跡。神という名前が示すように、祭祀に関係ある場所と推測されている。近くには清祀殿跡もある。
26 清祀殿跡 宇佐神宮に奉納する御神鏡を鋳造していた場所。隣接し、鋳造技術者の子孫・長光氏が住み、古宮八幡神幸祭にて重要な役割を担う
27 神宮院 最澄ゆかりの古刹。815年、唐より無事に帰国した最澄がこの地を訪れ、その後手厚く庇護し、栄えた。境内には数々の遺跡がある。
28 河内王の墓 天武天皇の孫河内王を葬った陵墓といわれている。河内王は持統天皇の時代、大宰帥として筑紫に下向した人で、その死を悼んだ手持女王の歌が三首、万葉集に収められ、碑に刻まれている。
29 香春藩庁跡 小笠原藩の時代、藩主が休息する場所を御茶屋といった。幕末、小倉を占領された藩政府がここに臨時政府を開き、香春藩が発足した。その後、藩政府は豊津に移転。
30 香春盆踊り 戦国の昔、香春岳には鬼ヶ城という難攻不落の名城があり、数々の戦いが行われた。その最大のものが豊後大友氏との戦いで、滅亡した城主一族や戦いで死んだ人々を弔ったのが起源とされている。町指定無形民俗文化財
31 香春神社 香春岳一ノ岳のふもとにある香春神社は新羅の神様「辛国息長大姫大自命」を祀った神社であり、豊前風土記にも。記述がある。大陸文化ととてもゆかりの深い古社
32 建徳寺古墳 建徳寺古墳は直径20メートル、高さ3メートルで横穴式石室をもつ円墳。石室は複室構造で、奥室は縦横2メートルほどの正方形になっており、 内部からは鉄刀・鉄鏃・刀子・馬具・耳飾が出土しました。古墳が築かれたのは今から1400年前の6世紀後半ごろ。現在は公園として整備され、 出土品のレプリカで復元された石室内部をガラス越しに見学できます。本物の出土品はふるさと館おおとうにて展示中。
33 ふるさと館おおとう 建徳寺古墳出土品等を展示している。彦山川の水生生物の資料や敷地に隣接してサボテンハウスもある。大任町の歴史や自然が学べる施設
34 源じいの森 温泉や研修施設、バンガローもある自然学習施設。シーズンには多くの人で予約が困難なほどの人気がある。隣接した温泉施設も大人気で、赤村の観光スポット。
35 光明寺 光明寺の梵鐘には、中国暦、正徳4年造(1509年)の銘文がある中国鐘がある。日本国内に残る中国鐘は、20個たらずといわれ、非常に希少価値がある。村有形文化財
36 赤村特産物センター 村で採れた有機栽培・無農薬・減農薬栽培による新鮮野菜、新鮮果物、米、加工品の格安直売所。地元はもちろん、北九州からもお客さんが来る人気スポット。運営もユニークで、村の人の雇用促進に寄与
37 油須原駅 明治28年、豊州鉄道の駅として開業。現在の駅舎は当時のもである可能性が高く、歴史的価値がある。
38 銅の鳥居 高さ6.9メートル、柱の周り3メートルの青銅製の大鳥居。この鳥居寛永14(1637)年、肥前国の藩主鍋島勝茂公により寄進されたもので、この鳥居の「英彦山」という額は享保19(1734)年、霊元法皇より御下賜されたもの
39 英彦山神社奉幣殿 国指定重要文化財。天平12(740)年建立といわれているが、現在のものは江戸時代初めの元和2(1616)年、当時の小倉藩主、細川忠興公の寄進によって再建されたもので、和様建築だが一部には唐様手法も取り入れられている。
40 豊前坊高住神社

高住神社というよりも豊前坊という名前が親しまれている。農耕の神として崇められ、今でも多くの人が参拝している。本殿は岩壁の洞窟内にあり、神秘的な雰囲気をかもし出している。

41 財蔵坊 昭和52(1977)年に英彦山資料として福岡県民俗文化財に指定された。
 居間の囲炉裏や煤で黒くなったスノコ天井、台所の艶やかな竹張り、板張りにおかれた「御前くど」などから往時の山伏の生活ぶりがしのばれる。
42 英彦山神宮上宮 英彦山山頂にある英彦山神宮の御本殿。江戸時代の建築物であるが、1200メートルに位置するという過酷な気象条件の影響で痛みが激しい。
43 玉屋神社 英彦山の記録「彦山流記」では彦山の始まりは、玉屋窟であるといわれている。彦山の開祖はこの窟で修行した、恒雄という人で、この窟でながいあいだ一心不乱に修行を積んで、如意の宝珠(世の中の人々を救うためにたいへん役立つ不思議な力を持つ珠)を授かった。それまで般若窟と呼んでいましたがそれを改めて、玉屋窟と呼ばれるようになり、明治以降、玉屋神社となった。
44 梵字岩 嘉禎3(1237)年と記されています。ここは新熊野窟と呼ばれ、向かって左側の岸壁には、直径3メートルもある大きな3個の円の中に梵字が刻まれている。意味は左からそれぞれお釈迦様、大日如来様、阿弥陀様といわれている
45 旧亀石坊庭園 室町時代の画僧、雪舟が築いたものと伝えられている。雪舟は中国に渡って勉学の後、帰国してしばらく九州の各地を遍歴したとき、薩摩国で彦山の行者に遇い、勧誘されて亀石坊にしばらく滞在し、庭を築く。昭和3(1928)年、名勝として国の指定を受ける。
46 英彦山修験道館 英彦山の資料を展示。南岳出土の経筒や仏像、その他貴重な資料が数多く保管されている。
47 歓遊舎ひこさん 道の駅として開業、今では鉄道の駅も造られ、英彦山観光の新しいスポットして人気が高い。添田町の特産品も数多く販売されている
48 中島家住宅 島家は屋号を綿屋といい、酒や醤油、ハゼ蝋の製造販売を営んでいた。主屋は1部2階、切妻、桟瓦葺き、間口は平入りで、主屋(母屋)と酒蔵、醤油蔵が国指定重要文化財
49 数山家住宅 江戸後期の農業の構造が原形に近い状態で残されているということで国指定重要文化財に指定されている。天保13(1842)年の建築。
 戸口を入ると広い土間があり、天上は竹張りで、部屋によって竹の種類や使い方に工夫を凝らしている。間口21.4メートル、奥行き7.9メートルで、当時の農家としてはかなり大きい
50 英彦山温泉しゃくなげ荘 英彦山中腹に位置する宿泊施設。付近は湯の山という地名で、古くより温泉の湧く地でもあった。

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ひこさんホテル和 宿泊、休憩ができる。温泉も楽しめ、展望が良い。
52 戸山原古墳 6世紀後半~7世紀初頭に造られた長さ約13m、高さ約4.7mを測る横穴式石室を持つ円墳。石室や盛土は当時の姿をとどめている貴重な古墳で、古代人の息吹を現代に伝えてくれる。平成13年5月16日、町指定文化財第1号(史跡)に指定された。
53 光蓮寺の輪蔵 安永年間(1770年代後半)、第八代住職知厳和尚によって建立された経典保管庫で中国・明の時代に出版されたという木版刷りの一切経が約五千冊収められている。長崎より牛の背中に乗せ、当地まで運んだと伝えられている。昭和38年1月16日、県の有形民俗文化財に指定
54 藤江氏魚楽園 室町時代の画僧「雪舟」が中国で学んだ蓬莱の山水技術を生かして築庭したと伝えられている庭園で、昭和53年9月18日、国の名勝庭園に指定された。
漢学者「村上佛山」が詩経の中の「魚楽しければ、人また楽し」から名づけられた。
55 杖楽 1153(仁平3)年、源為朝が豊後臼杵から田川郡勾金に移り、鎮西原に城を築いて豊前国の領主として勢威を振るったといわれる。その時、正八幡神社の神徳を感じて杖、鎌の48手を奉納し、源氏の興隆と武運長久を祈ったのが、杖楽の始まりとされている。